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今度はイギリス人です。
James from England の話
ほめられても普通は否定する。特にお金のことは言わない。日本人と似ている。自分の叔父はアメリカ人だがかなりアメリカ的でわれわれと少し違う。
この人は相手がすぐにこちらの言うことを理解しないと平気で "Do you speak English?" と相手に聞いたりするのでビックリする。
イギリスではすべての人が同じであるべきという考え方はない。以前ほどではないが、いまだに階級がある。話す英語からも階級や受けた教育を判断する。
出社のとき
Morning! Good Morning! とは言えない。相手によっては good かどうかわからない。Bad Morning! かも知れない。
What's up? と言ってくる人もいる。
退社のとき
See you tomorrow.
See you later.
See ya.
アメリカ人の口から直接アメリカ人は自慢する人が多いということを聞きたかった私は別のアメリカ人のCarolという女性に取材したらすぐにそれを認めてきました。
Carol from U.S.
自分は自慢をすることはしないが、自慢をするアメリカ人はいくらでもいる。
ただお金の話を自慢話にするのはタブーなのではないか。住んでいる家や車のことを自慢するのは日常茶飯事だろう。
大きな組織にいたら自分を知ってもらうために売り込まなければならない。そのためには自慢することも必要だろう。反対に小さなコミュニティにいたら自慢しなくても皆は自分のことを知っている。
もう少し突っ込んで考えてみたかった私はもう一人に取材した。ニューヨーク出身の黒人男性である。静かな人でインテリである。
Bill from New York City
自分の容姿をほめられてその通りだと冗談半分に認める人はいくらでもいるだろう。自慢すると言っても微妙な違いがある。assertive (断言的な)は boastful (自慢したがる)や egotistical (利己的)と区別すべきである。
成功して富豪になった人でも一般の人と変わらない生活をして目立たない人もいる。ただしそのような人でも仕事の場合、謙虚ではなかったはずだ。謙虚だったら勝ち残ることはできない。
特にスポーツ界や芸能界の人は自慢するのが常で聞くほうも何とも思わない。歌手なんかでは去年はいくら稼いだとか何人の女性を口説いたとか自慢ばかりしているし、それは完全に文化になっている。
以前にモハメドアリというボクシングの世界チャンピオンがいた。彼は自慢するどころかいつも大言壮語するのが常でそれで有名になった。アリが自慢しても聞くほうは何とも思わない。
出社時や退社時の英語も人によって違います。日本語のように「おはようございます」「お先に失礼します」というようなきまりがありません。自分で決めなくてはいけないのは大変だと思います。
これらの取材を通じて感じたことは、話はそんなに単純なものではないなということです。アメリカ人が自慢することに最も違和感を感じないということは間違いなさそうですが、それ以外にいろいろな要素が出てきます。
自分の好き嫌いについてもアメリカ人はハッキリしていると言われています。
ところがこれも状況によって違ってきます。
以前にあるアメリカ人を雇用したのですが、彼はタバコをすいませんでした。ところが夜になって居酒屋やスナックに連れ出して私がタバコを吸い出したらバカバカ吸い出したのです。
そこで私は「タバコは吸わなかったんじゃないの」と聞きましたら、吸わなくても我慢は出来るが私が吸っているので、自分も吸っていいだろうと判断して吸い出したと言うではありませんか。
でもここまでズバリ言われたら憎めませんよね。
さて以上の取材や筆者の体験を通して初めの主題について結論を考えて見たいと思います。アメリカ人が最も自慢する国民である、あるいはそれが間違いであれば、自慢する人が他の国と比べて多いことは間違いなさそうですが、その表現や方法は一概ではなく、育った環境や教育によってかなりな差が出てくるようです。
また自慢までいかなくても自分を売り込むための自己主張もアメリカ人が最も強いと考えられます。
物の言い方もアメリカ人が最もストレートです。そして相手の立場をあまり考えずに不平を言うのもアメリカ人がトップでしょう。その代わりにこちらも言いたいことを言ってもかまわないわけです。
筆者が経験したことですが、あるアメリカ人と仕事をしたときにその彼は毎日いろいろな不平を言っていました。あるときなど "I feel miserable working with you."(あなたと仕事をしているとみじめになります)とさえ言われました。
その後、相変わらず不平不満が続いたため、私はこの人と仕事はしなくてもいいと決意し、プッツンしてアメリカ人のようにガンガン怒鳴りはじめました。そうしたらこの人はそんなに怒鳴らないでくれ、向こうの部屋で静かに話そうと言ってきました。話し合いの後、彼は私に謝罪しただけでなく泣き出してしまいました。
ビックリした私は、今度はなだめ始めました。私が驚いたのは私が求めてもいないのに彼は自分の仕事でない仕事もやりたいと言い出したことです。いったいこの人の思考回路はどのようになっているのでしょうか。
日本人だったら大声をあげてみんなの前で叱責され、さらに一対一でも延々と説教されたとしたらその時は謝ったとしてもそれから立ち直るのに時間がかかると思います。
プライドの高い人なら辞表をたたきつけるかも知れません。夫婦喧嘩や親子喧嘩は別にして会社などの組織では大声を出して相手をののしるのは日本語の社会では絶対にしてはならないことであり、万一そのようなことが起きたら二人の関係を修復するのは困難でしょう。
ところがアメリカ人の場合は相手が大声を出し始めるとその事実をまず認めます。そして何故相手が大声を出しているのかを考えようとします。それで自分がその原因だとわかると謝ってきます。
ところが面白いことに相手のほうが悪いとわかると相手よりさらに大声をあげて反撃してきます。口論の激しさは日本人とはとても比較にはなりません。
筆者は思うのですが、アメリカという国は一人一人が何を思い考えていてもまったく自由です。その考えを発言するときも日本よりも自由の幅があります。その幅があまりにも大きいと私たちはビックリするわけです。
アメリカ人が自慢することもこれと同じだと思います。一部のアメリカ人は自慢する人を軽べつします。ところが別なグループのアメリカ人は朝から晩まで自慢話をしています。日本人は一般的には横並び意識が強いため、他の人とあまりにも違う意見を持ったり行動したりすることを避けようとします。
アメリカ人にはこの考えはまったくありません。その結果、アメリカ人の考え方にも大きな差が出てきます。
一般論ではありますが、アメリカ人は極めて個人主義的(individualistic)であり、日本人は脱個人主義(less individualistic)であり、集団志向(group-oriented)なのだと思います。
この問題は簡単に説明できると筆者ははじめはタカをくくっていましたが、考えれば考えるほど難しいのにビックリしました。日米の文化の差という難問にふれているからだと思います。
また別の機会に異なる視点から考えてみたいと思います。
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