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一般的にアメリカ人のほうが国際感覚があるように見えますが筆者はそうは思いません。アメリカ人で日本に来る人のほとんどは日本語がよくできません。そして日本についてのハウ・ツーものを一冊か二冊読んでくるわけです。筆者のところへあるアメリカ人が仕事をしたいといって来たことがあります。彼女はケーキを一つ買って来たんですね。意味が分からないので「これなんですか」と聞いたら、彼女が言うには日本では初めて相手の自宅とかオフィスを訪問するときは手みやげが必要だと聞いたからと言うんですね。そのハウ・ツーものになんて書いてあったのかはわかりませんが、百円位の手みやげを平気で持ってきたわけです。
外国語を学ぶということは外国の文化を学ぶということでもあります。ところが幸か不幸かアメリカ人の場合、英語が国際語であるということで外国語を学ぶという必要性が他国の人と比べて少ないわけです。
今から30年位前までは日本人は世界で最も外国語が不得手な国民(worst linguist)といわれてきました。しかし現在では英語ができるのは当たり前になりつつあり、英語どころか二、三ヶ国語できないと国際人ではないとまで言う人がいます。
ところがアメリカ人の場合、英語以外の言葉ができる人はきわめて少数派です。学者なんかでも日本の学者で英語が読めないという学者はほとんどいないと思いますが、アメリカですと英語以外は読めないという学者もいます。
ですから英語が国際語であることはアメリカ人がえらい得をしているようですが、その反面アメリカ人にとって国際感覚を少なくしている原因となっているとも思えます。
英語が国際語ということはアメリカが世界のリーダーであるということでもあります。それと関係することですが、アメリカ人は自分たちが超大国(super power)であるということで、他国の文化を学び吸収するということが日本人よりは少ないと思われます。
英語でも自分たちの英語が一番正しいと思っています。たとえば日本語のトイレは英語の toilet からきたものですが、Where is a toilet? (お手洗いはどこですか)と聞いたらあるアメリカ人は toilet ではなく bathroom でないとおかしいと言うんですね。でもイギリスでは toilet でおかしいと言う人はいないと思います。
話は余談ですが、日本語でトイレに行くとき「大」か「小」かと聞きますが、あれ英語で何ていうと思いますか。No.1、 No.2と言います。冗談でなく本当なんですよ。
先日六本木のクラブとしゃれ込んだのはよかったのですが、どういうわけかそこにいた二人のイギリス人ホステスとトイレの使い方についての議論が始まったのです。ところがこの「大」か「小」ということで "No.1 or No.2?" と筆者が聞いたら大笑いになり、トイレ談義で話が盛り上がってしまいました。
話はもどりますが、英語は国際語なだけにアメリカ人が話す英語で統一しようというのは無理があります。英語圏すべてで通用する英語、あるいは英語圏でないところでもよくわかる英語を書いたり、話したりする必要があるときがありますが、こんな時アメリカ人に英語を担当させるとこの辺の配慮が足らないことがよくあります。今ではすっかりアメリカ英語に押されてしまったイギリス人のほうが、この辺について気を使ってきてイギリス英語
(British English)にするかアメリカ英語 (American English) にするのか、あるいはどうするかと聞いてきたりします。
同じアメリカ人でも日本語を学んでいる人や日本に長く住んでいる人は違います。特に日本人と結婚している人ですと、ずいぶんと違ってきます。
ダニエル・カールさんというタレントがまだ無名の時、年末のあいさつといって3,000円位する手みやげを持ってきたのにはビックリしたものです。
「アメリカ中心主義」という点では国際感覚が薄いというアメリカ人ですが、インターナショナルなシーンできわめて優れたものがあります。
それは何かといいますと、「公平」を重んじていることです。割り込みなんて先ずしないですし、行列がなくても自分より誰々のほうが先だと言ったりして他の人が終わるまで辛抱強く待ちます。これは見ていてとても気持ちがよいものですね。
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